再び西へ。小寺義克さんと国富芳典さん宅へ。

再びの西行き。今回は一泊二日の日程である。初日は岡山の夢中めだかで一日を過ごし、その日は広島の福山泊まり。翌朝、今回も栗原養魚場の栗原さんに迎えにきていただき、一路向かうは昨年もお伺いした小寺義克さん宅である。
小寺さんといえば、“あけぼの”である。

昨年、初めて訪れた際に、作出者によるオリジナルの個体たちを見せていただき、驚愕した記憶はまだ鮮明に残っていた。

小寺さんの飼育場のひとつ。

前日、夢中めだかにお邪魔している際に、夢中の坂上さんへ小寺さんから電話が入り、話しながら大笑いしている様子はお二人の仲の良さがよくわかる様子であった。しかし、「明日来ても撮るものは毛虫しかないって言ってますよ」と伝えられたのだが、実際、飼育場周りの木々に毛虫が発生しており、到着して出迎えてくれた小寺さんの手には、しっかりと殺虫剤が握られていたのであった。

昨年お伺いしたのは秋も終盤であったが、今年は春。すでに採卵作業がバリバリと進められていた。

下の容器には種親が、上の透明容器には卵の付いた産卵床が多数設置されており、針子も山ほど泳いでいた。

産卵床の入っていない容器にいた親もまだブリブリに卵を持っていた。やはり三色は数を採ることが大切なのだとよくわかる。作出者の小寺さんでさえ、これだけの数を採って選ばれるのだから、その選別によって残ったメダカの質になる。少々採るだけでは得られない、数多くの中から吟味されることで良魚を得られるものだと改めて実感する。

そして、今回の小寺さん宅来訪の目的は“陽炎”であった。

“あけぼの”にやはり小寺さんご自身作出の体外光を持つ“金色夜叉”や“紅夜叉”を交配して作られた体外光を持つ“あけぼの”で、お伺いする直前にハウスネーム“陽炎”と命名された。発表されると多くの人から注目を浴びていたメダカであるが、実際に目の前にすると、三色の体に入る体外光は目を奪われるものであった。まだ多くの幼魚が育成容器の色を変えたりと、さらに工夫を凝らされており、今後のリリースが楽しみであった。

ここまでで栗原さんとお別れする予定であったが、ありがたいことに次の方のところまでさらに送っていただけることに。
「東山さんはあれだね。グリコ森永事件の犯人に似てるよね?」
!!! あぁ、学生時代にも言われたなぁ…
「そうですね、言われたことあります」などと、他愛のない話しもしつつ、送っていただいた先は国富芳典さん宅である。
国富さんの飼育場

駐車場横のスペースに小型温室を設置されておられた。

反対側にも大小さまざまな容器が並び、採卵用のセットも複数作られていた。限られた場所にびっしりという感じに容器が並ぶのは、メダカ愛好家共通の光景である。

国富さんといえば、ヒレ光の一周光である。
“夢光一周光”

白幹之のヒカリ体形である“天山”に螺鈿光のヒカリ体形を交配して作出されたもので、その光に縁取られたヒレは妖しく輝き、横見での鑑賞に映える姿をしている。
国富さんは特にヒカリ体形の品種に力を入れておられる。それというのも、「どうせやるなら、他の人がやらないことをしたい。人と同じでは面白くない」とおっしゃる。
ヒカリ体形の品種は、そのヒレの性質上、骨曲がりなどが出やすく、綺麗な体形にするのに普通種以上に手間がかかる。しっかりとした菱形の尾ビレにもこだわり、しっかりと横見で確認されるなど、こまかな選別作業をこなされておられた。

“鬼灯(ほおずき)”

楊貴妃透明鱗系の品種にヒレの光の強いヒカリ体形の幹之などを交配して累代されているオリジナル品種。黒みがかった体に頭部や各ヒレの鮮やかな赤が映える姿である。ヒカリ体形であるが、当然、こちらも体形やヒレの形にこだわられておられる。

また、新体形のメダカにも力を入れておられた。

新体形とは、ヒレの形に普通体形とヒカリ体形の両方の特徴を持つメダカで、背ビレやしりビレは普通体形であるが、尾ビレだけがヒカリ体形の菱形の尾ビレをしているのが特徴である。古くからさまざまな品種で知られているヒレ変化の表現であるが、不思議と同時に複数匹が得られず、この特徴を固めにくいとされていた。しかし、国富さんはヒカリ体形同様に細かい観察と選別により、固定化を進めておられ、この時も複数の品種で雌雄どころか、複数匹の新体形メダカが飼われていた。

品種改良というのは簡単ではない。時間と手間をかけて、少しずつ完成へと近づけていく。「簡単に思うようにできたら面白くないですから。難しいからこそやりがいがある」とおっしゃり、かかる手間暇を楽しんでおられるのが感じられた。
国富さんはハオルチアなど多肉植物の仲間も楽しまれており、実生や葉刺し、胴切りなどで増殖もされている。「植物も交配になると、実生ではどんなのがでてくるのかわからないから」と、メダカの交配でF1から結果がでるものでないことと同じとされ、こちらも熱心に研究されていた。思わず、メダカ話よりも多肉話で盛り上がってしまったものであった。

二度目の西行きも濃く、充実した二日間であった。

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